[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
秀吉様の子が懐妊なされた。その第一報は巨大な大阪の城全域を震撼させるほどの影響を与え、皆浮き足立っていた。誰もが言祝ぐ最中、清正は一人、鍛錬を行っていた。彼の心中としては、非常に不安定だった。実の父の様に接してくれる秀吉が、長く望んだ末に授かった子なのだ。だから、自分も同様に祝福しなければと思う一方で、ねねの寂しそうな顔が―実際、目の当たりにしたわけではないが―浮かんでくるのだ。今回、懐妊したのは側室である淀君なのだ。これがねねであったら、心の底から祝うことが出来た……と、堂々巡りを繰り返す。
そんなやるせない思いを、息と共に吐き出していた、その時であった。
「祝事の最中に、辛気臭い息を吐くな」
耳に慣れた、平坦な声。声の方を向けば、思い浮かんだとおりの人物が、変らない無表情でそこにいた。
「三成、か?」
彼にしては珍しく、書物を抱えるわけでもなく、ただそこに存在した。武具を持たない様子から、鍛錬に来た様でもない。
しかも、最近は顔を合わせるたびに手酷く抱いていた。それを三成は拒否していたし、そんな彼を追い詰めるようにしていた自分を快くは思っていないはずだった。
陽の光が指す中で彼に会うのは久方ぶりであり、気安く話しかけるそれはまるで彼が裏切る前の垣根無く話の出来ていた頃に酷似していた。いつもと勝手が違う様を訝しく思う気持ちはある。しかし、それを問う前に当の彼から呆れたような物言いが飛んできた。
「何をそんなに辛気臭い顔をしている」
三成が指すのは今、城を賑わせている祝辞のことであろう。それを指摘されたから、清正は自分の中を占めていたなんともいえない気持ちを思い出してしまう。すると覿面に顔が曇ったようで、三成が再度、顔を顰めた。
「そのような鬱陶しい顔はやめろ。秀吉様にもそんな顔で会うつもりか」
「……お前は、何とも思わないのか」
そう口にすれど、彼の返す言葉は想像がついた。事実、彼は現状を祝辞と指した。笑みを刷いているわけではないが、清正が感じている類の憂いを、彼は一切持ちえぬようであった。
「何とは、何だ」
「言わずとも悟れ、馬鹿」
「聞かずともわかる言の葉の意味を尋ねた真意こそ悟れ、馬鹿」
そのように返す三成の口はいつもより饒舌だ。