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正直、清々すると感じていた。少しずつ煩わしくなっていく清正の言より開放された。そう思っているはずなのに、一方でどこか胸の奥が重く苦しい。
視界にあの眩しい銀髪が映らない。そんなことはよくあるはずなのに……と、そんな雑念に心乱されていた所為だろうか。
「っ!」
「うわっ!」
三成は曲がり角で出くわした人物と盛大にぶつかってしまった。
「いってぇなぁ……って、佐吉かよ」
三成を幼名で呼び合う者は限られている。撃った額を押さえながら、忌々しそうに顔を上げれば、予想通りの男が目の前にいた。
「市松。……貴様、どこに目がついているのだ」
口を開けば互いに悪態が出てくる。それは互いに培った習性であり、なかなか改善は出来ない。
「あぁン! 何か言ったか」
「どうやら馬鹿には聞こえぬらしいな」
「誰が馬鹿だ、馬鹿」
ひとしきり悪口を連ねてにらみ合う。だが、いつもはここで終いとなるはずだが、両者とも引くことが出来ない。
「……もう一人の馬鹿はどうした」
仲裁するものがいない。いつもなら、清正が仕方ないといった顔をして二人の間に入っていた。その不在を安堵すると共に、やはり気になってしまう。
「誰が馬鹿だって」
「煩い、馬鹿。……清正は一緒では無いのか?」
会いたいわけではなかった。それでも、いなければ気になってしまう。そんな三成の様子を何となく察したのか、正則は突っかかるわけでもなく、どこか寂しそうに呟いた。
「あぁ……清正はよぉ、今忙しいんだとよ」
「忙しい?」
確かに、今は農繁期である。清正とて暇ではないだろうが、正則の落胆ぶりが酷く三成の気に障った。
「どういうことだ?」
「今、清正は準備に追われてるんだと。叔父貴の勧めだし、あいつも断れないんだよ。今日も挨拶めぐりらしくて、俺すら顔を見てねぇし」
「? 意味がわからぬ。要領良く答えろ」
準備、勧め、挨拶……意味を成しえぬ言葉だけが連なっていく。だが、正則の言葉を聞けば聞くほど、心は何か嫌な核心を求めてしまう。
そう、これはまるで……。
「俺の祝言の準備だよ、馬鹿」
「っ!」
「清正!」
凛と通る声が、二人の間を駆けていく。三成の横に並んでいた正則は彼の声に喜色を浮かべて声の元へと振り向いたが、三成はとても同じ真似など出来なかった。
ただ、彼女の頭の中には今し方、告げられた言葉が頭を巡っている。
「清正! 今日はもういいのか」
「いいわけあるか、馬鹿。これら俺の着物を新調するんだと」
婚礼用のな、と、そう呟かれる言葉に、再度三成の肩が跳ねる。それを見て取ったのか、清正が態とらしく声をかけてきた。
「羨ましいだろう、三成」
そう伝える声は、侮蔑にも嘲笑にも似て、彼女の耳に強く響く。
「っ、貴様!」
思わずといった風に振り向いた、その先で清正は怖いくらい真剣な瞳で三成を射抜いた。