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桃の花は薔薇科に属するのです
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其れは遠く幼い思いだった。
「俺が守ってやる。だから……」
指切拳万。幼い手で―まだあの頃は自分のほうが大きい手をしていた―固く指を絡ませ、切った。
遠く幼い思い。未来など、ひとつも意識していない言葉。
それでも、三成には掛け替えのない約束だった。

「おい」
遠くから声をかけられた。低く、しかしよく通る声は紛れも無く、幼少から聞き慣れた言葉。反射的に振り向いた先には思ったとおり、むっつりと唇を引き結んだ大柄な男―清正―の姿があった。その横に五月蝿い正則の姿がないことを珍しく思う。
しかし、眉間に皺がよっていることから、あまり機嫌が良くないのだろう。其の理由は知らずとも、彼の不機嫌さに当てられた三成はつい、いつもより多く余計な口を利いた。
「俺は『おい』などという名ではない。遂に俺の名すら言えぬようになったか、馬鹿者が」
「相変わらず、口の減らない奴だ」
「元より俺の口はひとつしかないのだよ」
三成の悪口に辟易したのか、短く舌打ちをした清正は、辺りを何気なく見渡した後に、三成の正面へ立った。
「何故、お前が此処にいる」
「馬鹿は言うことが違うな、馬鹿。後詰の将が後方支援をせずにどうする」
「そういうことじゃない」
短く言うと、清正は陣羽織を身に着けた三成の腕を掴んだ。その力の強さに、三成は僅かに顔を顰める。おそらく、清正は唯、三成の腕を掴んだに過ぎないのだろう。しかし、それだけのことなのに、骨が軋みそうな音を内部から感じた。そのことが―顔には出さずとも―三成には歯がゆくて仕方なかった。
「何故、『女』のお前が戦場にいる」
それは幾度も繰り返された言葉。嗚呼、彼の不機嫌の理由は是かと理解する一方で、三成も彼に負けぬほど深い皺を眉間に寄せる。
「俺は石田三成だ」
それは元服と共に、主である秀吉から賜った名である。同時に三成の誇りであった。
この時代、女は唯、家を守る道具であった。母御代わりのねねのように忍の術を得ていたら話は別だったかもしれないが、三成は純粋に自分を拾ってくれた秀吉に報いたかった。
その結果が、今だと自負している。男と同じく陣羽織を着こなし、戦場に立つ。智勇では軍師には劣るものの、少なくとも目の前に立ちはだかる男よりは優れているという誇りがあった。だからこそ、自分は後詰の将として相手の息の根を止める隙を狙っているのに、目の前に立ちふさがる男にはそれがわからないらしい。
「兎に角、其処を退け。俺は忙しい」
「待てよ」
聞く耳持たぬのはお互い様だったようだ。振り払おうとした腕を更に力を込めて掴まれる。これは痕が残りそうだと顔を顰めるものの、そのような三成の様子に清正は気づかない。
「質問に答えろ」
「頭の悪い男だ。後詰の将だと言っただろう」
「下らん問答は良い。女が戦場に立つなと言っている」
「煩い」
「俺が守ってやる」
その瞬間、全ての音が消えた。
動揺するまでもない。是は日常の繰り返し。秀吉とねね以外で、唯一秘密を共有する男から紡がれる、いつもの戯言。
清正は変らない。幼い頃、二人がまだ佐吉で虎之助だった頃。初めて三成が女だとわかった頃と変らず、遠く幼い思いを繰り返す。
「俺が守ってやる」
「黙れ」
清正は理解していない。三成が男と偽ることを。女としてではなく、秀吉が買ってくれた将としての才を生かすために、捧げる為に戦場に立つことを。
「何度でも言ってやるよ。俺が守ってやる。だから……」
「煩い、煩いっ!」
癇癪を起こすようにして、三成は叫ぶ。乱髪兜を乱すようにして首を振った。
「俺はお前に守られるなど、真っ平なのだよ!」
そうして、最後には同じ言葉を叫ぶ。だから、いつも清正の言葉を最後まで聞き取れない。
いや、三成はその先に続く言葉を知っていた。だからこそ、それを遮るように声を荒げる。
無理に自分の腕を引き抜くと、清正に背を向けて走り出す。
彼は追ってこない。其れがまた、余計に腹立たしく、またその苛立ちを認めるのが悔しくて、三成は手の中の鉄扇を握り締めた。

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