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桃の花は薔薇科に属するのです
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「じゃあ、そういうことで。俺も湯浴みならぬ水浴みしよう」
「は?」
「なっ…」
そう、口にするや否や、半兵衛が三成と同じ池の中に飛び込んできた。しかも、彼は着衣のままだ。派手に上がった水しぶきや濡れた戦装束に気を止めることなく、彼は呑気に気持ちが良いと言い出す始末だ。
「官兵衛殿も来る?」
「行くわけがなかろう」
官兵衛は嘆息する。声にこそ出なかったが、三成も同じ心中だ。ため息の拾や百吐きたいものだ。
それで、卿はどうするつもりだ。ずぶ濡れのまま陣中に戻るつもりか」
「まさか。官兵衛殿が代えの衣装を持ってきてくれるでしょう」
「何故私が動かねば為らぬ」
「奥の手は、隠してこそ真意がある。それを官兵衛殿が知らないはずがない」
「……」
其れは三成には理解できぬ言葉であったが、官兵衛は違ったようだ。彼は何かを言いかけ、そして最終的に唇を引き結んだまま、二人に背を向けた。恐らく、言われるままに半兵衛の装束を取りに向かったのだろう。その様が何とも言えぬほど、不自然であった。
「あ、そうそう。ついでに清正にも伝えてよ。いつもより値引きされてる感じだから、のんびりしてると俺が買っちゃうよ、ってね」
半兵衛らしく茶化したように笑いながら、それでも視線は僅かに三成へと流す。完全に三成を蚊帳の外に押した会話をしているのにも拘らず、このように視線を寄越される訳が理解できずに三成は眉をひそめた。
「承知した。……だが、買うのは卿ではない」
そこで背を向けて歩き出していた官兵衛が振り向く。黒々とした眸が三成を捕らえる。
「この私だ」
その時、冷え冷えとした感情が一気に三成の背を駆け上る。言葉に出来ない嫌な予感を、三成はこの時胸に抱いた。

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見られてしまった。気づかれてしまった。嫌な感情ばかりが三成の脳裏を駆けていく。相手の姿がはっきりと悟れる距離で、水に漂う三成の姿が目視できぬはずもない。
「此の様な場所で何をしている」
官兵衛の声が凛と響く。それは将である自分が水を浴びていることか、それとも女が戦場にいることに対する不自然さか。どちらにしろ、官兵衛の瞳には濃い非難の色がある。何でも良い、まずは彼の非難に対抗しなければ、と口を開いたところで、横からもうひとりの軍師が声を挟ませた。
「何って、官兵衛殿。見てわからない? 水浴だよ水浴」
「その様なことを尋ねているわけではない」
「その様なこと、だよ。此処で石田三成が水浴びをしていた。ね、そうでしょう?」
にこり、とまるで邪気のない笑みを浮かべながら、半兵衛が言い切る。秀吉の頭脳ともいえる立場の片割れだ。その裏に隠された意図があるだろうが、現段階では片鱗すら見えてこない。彼の一見、親切とも擁護ともとれる立ち振る舞いを訝しく思いながらも、三成は唯、黙って首肯するのみだ。

秀吉様の子が懐妊なされた。その第一報は巨大な大阪の城全域を震撼させるほどの影響を与え、皆浮き足立っていた。誰もが言祝ぐ最中、清正は一人、鍛錬を行っていた。彼の心中としては、非常に不安定だった。実の父の様に接してくれる秀吉が、長く望んだ末に授かった子なのだ。だから、自分も同様に祝福しなければと思う一方で、ねねの寂しそうな顔が―実際、目の当たりにしたわけではないが―浮かんでくるのだ。今回、懐妊したのは側室である淀君なのだ。これがねねであったら、心の底から祝うことが出来た……と、堂々巡りを繰り返す。
そんなやるせない思いを、息と共に吐き出していた、その時であった。
「祝事の最中に、辛気臭い息を吐くな」
耳に慣れた、平坦な声。声の方を向けば、思い浮かんだとおりの人物が、変らない無表情でそこにいた。
「三成、か?」
彼にしては珍しく、書物を抱えるわけでもなく、ただそこに存在した。武具を持たない様子から、鍛錬に来た様でもない。
しかも、最近は顔を合わせるたびに手酷く抱いていた。それを三成は拒否していたし、そんな彼を追い詰めるようにしていた自分を快くは思っていないはずだった。
陽の光が指す中で彼に会うのは久方ぶりであり、気安く話しかけるそれはまるで彼が裏切る前の垣根無く話の出来ていた頃に酷似していた。いつもと勝手が違う様を訝しく思う気持ちはある。しかし、それを問う前に当の彼から呆れたような物言いが飛んできた。
「何をそんなに辛気臭い顔をしている」
三成が指すのは今、城を賑わせている祝辞のことであろう。それを指摘されたから、清正は自分の中を占めていたなんともいえない気持ちを思い出してしまう。すると覿面に顔が曇ったようで、三成が再度、顔を顰めた。
「そのような鬱陶しい顔はやめろ。秀吉様にもそんな顔で会うつもりか」
「……お前は、何とも思わないのか」
そう口にすれど、彼の返す言葉は想像がついた。事実、彼は現状を祝辞と指した。笑みを刷いているわけではないが、清正が感じている類の憂いを、彼は一切持ちえぬようであった。
「何とは、何だ」
「言わずとも悟れ、馬鹿」
「聞かずともわかる言の葉の意味を尋ねた真意こそ悟れ、馬鹿」
そのように返す三成の口はいつもより饒舌だ。

三成が清廉な性質だと知っていた。性を偽り、身を賭して主君に仕えたことも。利に順じ、嘗ての主を捨てたものを断罪する様も。義で人を定め、情を挟まぬ、その幼いまでの純然さこそを、自分は愛していた。

「何故、愛してくれぬ」
三成がその言葉を発したのは、既に夜半を過ぎた頃合であったろうか。唐突に零れた言葉に、兼続は僅かに首を傾げた。
「何を唐突に。どうした、三成。」
つい先ほどまで、いかにしてあの家康公を挟撃するか。義の実現に、成すべきは何か。その闘志に任せるままに熱弁をふるっていた。だからこそ、彼女の言葉はあまりに脈絡がなく、俯く様にして兼続の視線から逃れる様は凡そいつもの三成とかけ離れていた。
「何故だ」
「愛していないとは、随分と自虐的だな。私がお前を愛していないわけがないだろう」
愛している。それは兼続にとって、心からの言葉であった。
決戦が近い。不安と希望に駆られる今だからこその言葉とも捉えられるが、今宵の三成の様子は常とは違う、思いつめた悲壮感が漂っていた。
「愛しているか?」
「そう言っている。どうした、お前らしくもない」
その様に口にした、刹那のことであった。急に三成は面を上げると、泣き出す寸前のような、悲哀を一心に溜めた貌で兼続の瞳を射抜いた。
「お前の愛する『三成』は俺ではないだろうっ!」
夜陰に響く、凛とした悲鳴。だが、三成の示す意味がわからず、兼続は再度顔を顰めることとなる。
「意味がわからぬ。三成はお前でしかありえぬだろう」
「だが、お前は決して俺を見ぬ。お前が愛しているのは、俺ではない」
「落ち着け、三成。どうかしている」
感情的に叫ぶ姿は三成らしからぬ様であった。だからこそ、いつもの情に左右されない三成を呼び起こそうと声をかけるのであったが、それが一層三成の神経を逆撫でしたことに兼続は気づかない。
「なら、語ってみるが良い。お前が愛する、三成とやらを」
べらべらと話すのはお前の得手だからな、と吐き捨てる三成に覇気はない。

→お題配布元:それでも僕らは今日もまた 己の生を紡ぎ 歩いていく 様(http://soredemo8349.fc2web.com/index.html

水の音が、静かに流れていた。鬱蒼と茂る森の中に、三成は水浴びを楽しんでいた。
否、本当は楽しんでしているわけではない。男と性を偽っている為に、皆と同様に汗を拭うことができず、一人になれるところを探して此処―森の中に細く湧き出る池―に至った。それだけのこと。それでも、一目を忍んでこそこそと出掛けることは厭わしく、またそれ以上に三成の心中を惨めな思いに染め上げた。
それはひとえに、出掛ける前に清正に呼び止められたことも起因しているだろう。
戦にひとつ終止符を打ったとはいえ、未だ戦場にある身だ。危険を忘れたわけではないのだが、自分とて将のひとりだ。自分の身くらい自分で守れると言ったのに、彼はしつこく食い下がってきた。清正は三成の目的をなんとなく察したのだろう。それでも彼が護衛を買って出たとき、怒りで目の前が真っ赤になった。
守ってやれなければならない存在だと、彼に言われたのが悔しかった。
それでも、冷静になった頭では彼の言い分が正しいことが、少し理解できる。女の身で、戦の興奮冷めやらぬ中で身を清めるのだ。間違いのひとつふたつ、あったって可笑しくはない。
それでも、これ以上男との差を見せ付けられるような、惨めな思いをしたくはなかった。
体格差は年を経るごとに開いていき、ふたつ年の離れた清正の方が、今は頭ひとつ分ほど、大きい。首も腕も足も太く、大きな槍を片腕で悠々と扱う様は、此度の戦場でも一層輝いて見えた。
対して、自分はどうかと、三成は反駁する。
水面の下では白く貧弱な体があるだけだ。初めからわかっていたことではあった。男を偽ろうと、決して真実には為れぬ、と。理解していたのだが、現実に突きつけられると平常ではいられない。
細く柔らかな腕では、清正の様に武功で秀吉様を支えられない。此度の戦では後詰の将として、敵を挟撃できたものの、果たして次もうまくいくかどうか。
なにより、自分の身体能力に限界を感じ始めている。身の丈にあった鉄扇は振るうに易いが、相手を仕留めるとなると、かなりの労力を要する。殺傷力に欠けるのだ。それは、まさに今の自分の中途半端な位置と重なって映った。

心中を腐らせる思いを払うように、態と水面を叩く。静まり返る森の中で其れは一層高く弾んだ音を響かせた。
「あれ、こんなところにお客さんかなぁ?」
その音が再び静まる前に、聞き知った声が三成の耳に届いた。慌てて身を水の中に滑り込ませるが、遅い。
三成の眼前には、木立の間から二人の軍師が姿を現した。
きっと、彼らの目にはこの異様な身が映っただろう。事実、二人とも声には出さなかったものの、水の中に身を隠す三成を凝視している。
「……」
特に、上背のある官兵衛の方が、難しい顔をして三成を見下していた。何故、女の身で秀吉様に仕えているのか。無言で責められているような錯覚を覚えるほどに、この場の空気は重く、沈んでいる。

 

→お題配布元:ロメア様(http://romea.web.fc2.com/
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