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桃の花は薔薇科に属するのです
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両兵衛と背筋の凍る対話を果たした三成は、暫くの時を漠然とした不安の中で過ごしていた。特に是といった事は無いのだが、あの時の、まるで値踏みを擦るかのような二人の目が忘れられないでいた。
「全く……不甲斐無い」
そう自嘲してみるものの、思いは変らずため息ばかりが零れた。しかし、登城しないわけにはいかない。三成の才は戦場ではなく、平時において万民の暮らしを支える為に発揮されるべきものであった。その事はかつての幼い約束と同等の時期に定められており、だからこそ頭の中で幾度と無く再生される彼の言動の愚かさを嗤ってしまう。
根本のところ、三成は清正が言うとおり、彼に絶対的な庇護を求めているのではなかった。
彼は三成に対し、常に「守ってやる」と言う。そこに愛とか恋とか、厄介な感情―少なくとも、現状の三成にとっては厄介極まりないものであった―を負っているのかは知らぬ。ただ、三成の目指すところは主君の治めたる世であり、その為に自分の性を厭わしく思うだけだ。
だからこそ、清正が三成を一介の「女」として扱うが如き発言が気に入らず、いつも最後まで彼の言を聞こうとしない。三成にとってはそれが必然であったのだが、当然その思いは清正には欠片も伝わっていないようであった。
「おい、少し顔を貸せ」
戦後の処理に追われる三成の腕を、太い腕が捉える。全く予期していなかった事態に驚き、顔を上げるとそこには仏頂面の清正の姿があった。
「……生憎、俺の顔はひとつしかないのでな。お前に貸すような面などない」
常と変らぬ遣り取りを返すのに、清正はどこか切羽詰ったように目を細める。其のことに違和感を抱きつつも、現状としては一息つくのが困難なほど、雑務で溢れかえっていた。
「良いから、来い」
「な……っ!」
強引に腕を引かれる。その拍子に三成は体勢を崩してしまうが、彼女の腕を引く男は少しも介せず引き連れていく。行く先は、自然と人気のない方へ向いていた。
単純に力だけで来られると、三成に勝ち目はない。その事は重々承知であったが、しかし男の思い通りにされるのが単純に腹立たしく、三成もその端正な顔に怒りを募らせていく。
「貴様……っ! その汚い手を離せ」
「ごちゃごちゃ喚くな、馬鹿」
「っ!」
人の気配のない空き部屋を見つけたのだろう、乱暴な手付きで三成をその部屋に押し込めると、彼は後ろでに襖を閉めた。三成にとって忌々しいことに、その部屋は今し方清正が閉めた襖しか出入りする場所が無い。何が何でも逃がそうとしないとでも言いたいのだろう。それが一層癪に障って、三成は自身よりも上背のある男を睨み付けた。
「貴様、何が目的だ」
「別に。唯、お前と話すことがあっただけだ」
「俺には無い」
間髪いれず答える三成に、しかし清正は怯まない。
「お前、いつまで男の振りを続ける気だ」
「…………」
やけにしつこく絡んでくるかと思えば、この清正の言だ。三成にとってはどこか呆れながらも、納得する所でもあった。彼はこの無意味な問答に遂に決着を求めたのだろう。その急な変化に両兵衛の影があるのかは知らぬが、しかし元より三成の意思は変りえなかった。
「……俺の名を言ってみろ、馬鹿」
「ついに呆けたか、三成」
「そうだ。俺は『石田三成』だ。秀吉様の天下を支える臣。故に、此処に女子などおらぬ」
それが三成の答えであった。


→お題配布元:ロメア様(http://romea.web.fc2.com/
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其れは遠く幼い思いだった。
「俺が守ってやる。だから……」
指切拳万。幼い手で―まだあの頃は自分のほうが大きい手をしていた―固く指を絡ませ、切った。
遠く幼い思い。未来など、ひとつも意識していない言葉。
それでも、三成には掛け替えのない約束だった。

「おい」
遠くから声をかけられた。低く、しかしよく通る声は紛れも無く、幼少から聞き慣れた言葉。反射的に振り向いた先には思ったとおり、むっつりと唇を引き結んだ大柄な男―清正―の姿があった。その横に五月蝿い正則の姿がないことを珍しく思う。
しかし、眉間に皺がよっていることから、あまり機嫌が良くないのだろう。其の理由は知らずとも、彼の不機嫌さに当てられた三成はつい、いつもより多く余計な口を利いた。
「俺は『おい』などという名ではない。遂に俺の名すら言えぬようになったか、馬鹿者が」
「相変わらず、口の減らない奴だ」
「元より俺の口はひとつしかないのだよ」
三成の悪口に辟易したのか、短く舌打ちをした清正は、辺りを何気なく見渡した後に、三成の正面へ立った。
「何故、お前が此処にいる」
「馬鹿は言うことが違うな、馬鹿。後詰の将が後方支援をせずにどうする」
「そういうことじゃない」
短く言うと、清正は陣羽織を身に着けた三成の腕を掴んだ。その力の強さに、三成は僅かに顔を顰める。おそらく、清正は唯、三成の腕を掴んだに過ぎないのだろう。しかし、それだけのことなのに、骨が軋みそうな音を内部から感じた。そのことが―顔には出さずとも―三成には歯がゆくて仕方なかった。
「何故、『女』のお前が戦場にいる」
それは幾度も繰り返された言葉。嗚呼、彼の不機嫌の理由は是かと理解する一方で、三成も彼に負けぬほど深い皺を眉間に寄せる。
「俺は石田三成だ」
それは元服と共に、主である秀吉から賜った名である。同時に三成の誇りであった。
この時代、女は唯、家を守る道具であった。母御代わりのねねのように忍の術を得ていたら話は別だったかもしれないが、三成は純粋に自分を拾ってくれた秀吉に報いたかった。
その結果が、今だと自負している。男と同じく陣羽織を着こなし、戦場に立つ。智勇では軍師には劣るものの、少なくとも目の前に立ちはだかる男よりは優れているという誇りがあった。だからこそ、自分は後詰の将として相手の息の根を止める隙を狙っているのに、目の前に立ちふさがる男にはそれがわからないらしい。
「兎に角、其処を退け。俺は忙しい」
「待てよ」
聞く耳持たぬのはお互い様だったようだ。振り払おうとした腕を更に力を込めて掴まれる。これは痕が残りそうだと顔を顰めるものの、そのような三成の様子に清正は気づかない。
「質問に答えろ」
「頭の悪い男だ。後詰の将だと言っただろう」
「下らん問答は良い。女が戦場に立つなと言っている」
「煩い」
「俺が守ってやる」
その瞬間、全ての音が消えた。
動揺するまでもない。是は日常の繰り返し。秀吉とねね以外で、唯一秘密を共有する男から紡がれる、いつもの戯言。
清正は変らない。幼い頃、二人がまだ佐吉で虎之助だった頃。初めて三成が女だとわかった頃と変らず、遠く幼い思いを繰り返す。
「俺が守ってやる」
「黙れ」
清正は理解していない。三成が男と偽ることを。女としてではなく、秀吉が買ってくれた将としての才を生かすために、捧げる為に戦場に立つことを。
「何度でも言ってやるよ。俺が守ってやる。だから……」
「煩い、煩いっ!」
癇癪を起こすようにして、三成は叫ぶ。乱髪兜を乱すようにして首を振った。
「俺はお前に守られるなど、真っ平なのだよ!」
そうして、最後には同じ言葉を叫ぶ。だから、いつも清正の言葉を最後まで聞き取れない。
いや、三成はその先に続く言葉を知っていた。だからこそ、それを遮るように声を荒げる。
無理に自分の腕を引き抜くと、清正に背を向けて走り出す。
彼は追ってこない。其れがまた、余計に腹立たしく、またその苛立ちを認めるのが悔しくて、三成は手の中の鉄扇を握り締めた。

全く、如何したというのだろうか。そう思いながらも、兼続は一度、言い出したらきかない三成の性質を知っていた。彼女の様子から、言葉にしなければ収まらないことを理解し、ため息混じりに言葉を紡ぐ。
「ならば、語ろう」
出だしにそう加えると、彼女はあからさまに体を硬くした。しかし、目は食い入る様に兼続を射抜いてくる。それが、誠に心地よい、と兼続は思った。
「お前は誠、義に篤い者だ。お前ほど、私利私欲を起こさず、忠義、信義に生きる者を私は知らぬ」
言葉を重ねれば重ねるほど、三成は目を見開いていった。悦びに笑うでもなく、ただただ心苦しいかのように、その顔を青白く染めていく。兼続はそれが不思議で仕方なかった。何時如何なるときでも、相手を睨み付けんばかりに射る三成にとって、珍しい行為だ。
らしくなく、隙を見せる三成を訝しく思いつつ、の眸に自身を映そうと兼続が手を伸ばした。その矢先であった。
「問おう」
三成が抑揚を抑えた声で語る。
「俺が、普通の夫婦の様に、戦も知らず、お前と添い遂げたいと尋ねるとする。お前は如何する」
彼女は以前、俯いたままであったから当然、その表情はわからない。そもそも、問い掛けの意図がわからず、兼続は僅かに目を瞬かせた後、首を捻った。
「豪く、唐突な問いだ」
「答えよ」
三成の声は誰何するかの如く、厳しい。何故、彼女が此処まで問い詰めるのか。兼続は反駁する。彼女は、『愛してくれない』と言った。即座に否定したものの、三成はそこに拘っている。
「今を以てか?」
「嗚呼」
三成の何時に無く端的な調子を、兼続は不安と捉えた。決戦前の高ぶり、不安、そして愛されていない恐怖。
「お前は見事、太閤の意を汲み、華々しく戦場を駆けるだろう」
だからこそ、彼女への愛を保障したかった。兼続は唯、その思いだけであった。
「石田三成は義で人を定め、情を挟まぬ」
三成が清廉な性質だと知っていた。
「そんなお前の幼いまでの純然さこそを、私は愛しているよ」
しかし、その一言が彼女を否定する言葉だと、兼続は知らなかった。
「そうか」
その声は平坦で、ともすれば泣いているかのようだった。
「三成?」
兼続が声をかける。その刹那のことであった。
「なれば、俺はお前の愛する石田三成ではないのだな」
彼女は自虐的な顔でそう笑うと、幾分か酒の回った兼続の体を、畳の上へ押し倒した。

→お題配布元:それでも僕らは今日もまた 己の生を紡ぎ 歩いていく 様(http://soredemo8349.fc2web.com/index.html
「殺せ」
そう、命令口調で言うようになったのはいつからだったか。震える体を抱き締めながら、彼女は険しい顔で今日も叫ぶ。
「殺せ殺せ殺せ!  身体を引き裂き、臓腑を引きずり出せ!  鮮血を撒き散らし、惨たらしく首を跳ねよ!」
「それは出来ないな」
感情のまま喚く彼女に、清正は淡々と答える。そうすれば、彼女は瞳に力を入れて睨み付けてくる。
彼女の震えが一層激しくなった。
「何故、出来ぬ!  誰も止めはせぬ!  世に争乱をもたらした、豊臣の家を害した大罪人!  貴様の槍を一突きするだけで、絶命する。あれを悼むものはもう既に世にいない嗚呼誰もだ!」
そこで大きく息を吸った彼女は、赤茶け乱れた髪の隙間から、凛とした眸で言い放った。
「石田三成を殺せ」
そう、彼女は、石田三成は言い放つ。自身を殺せと、かつて大志を抱き豊臣が天下を取るべしと尽力したときのように、その天下を我が物とする内府を討たんとしようとしたときのように。真っ直ぐで純真さを込めた顔で彼女は叫ぶ。
清正にとっては既に聞きなれた言葉であった。彼女だけでない、既に幾つもの声が清正に届く。石田三成を殺せと。
その度に、清正も繰り返す。
「それは出来ないな」

→お題配布先:belief 様(http://be.pandora.nu/
三成が忍城攻めを失敗した。
其の報は小田原城を包囲していた豊臣軍へと、瞬く間に浸透することとなる。清正も陣中に在って、耳の痛くなるような三成に対する痛烈な批判を聴くこととなった。
それから、然程日を置かずして、三成が小田原へ到着した。秀吉との謁見で、さてどのような沙汰が下されるか。諸侯が浮き足立つ中、清正も同様に心中穏やかで入られなかった。
多くの目が集まる中、三成はいつもと変らぬ泰然とした様で、秀吉の前へ進み出る。
「さて、申し開きはあるか?」
秀吉の静かな声が響き渡る。三成は平伏するわけでもなく、唯じっと秀吉を見つめていた。其れは失態に恥じている姿勢ではない。
ふと、三成が口元を緩ませた。
「私はこの戦で多くを得ました」
珍しい、三成にしては本当に珍しい心からの笑みだった。それに秀吉も気づいたのであろう、僅かに目を瞬かせるとそのまま静かに三成の先を促した。
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