[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
正直、清々すると感じていた。少しずつ煩わしくなっていく清正の言より開放された。そう思っているはずなのに、一方でどこか胸の奥が重く苦しい。
視界にあの眩しい銀髪が映らない。そんなことはよくあるはずなのに……と、そんな雑念に心乱されていた所為だろうか。
「っ!」
「うわっ!」
三成は曲がり角で出くわした人物と盛大にぶつかってしまった。
「いってぇなぁ……って、佐吉かよ」
三成を幼名で呼び合う者は限られている。撃った額を押さえながら、忌々しそうに顔を上げれば、予想通りの男が目の前にいた。
「市松。……貴様、どこに目がついているのだ」
口を開けば互いに悪態が出てくる。それは互いに培った習性であり、なかなか改善は出来ない。
「あぁン! 何か言ったか」
「どうやら馬鹿には聞こえぬらしいな」
「誰が馬鹿だ、馬鹿」
ひとしきり悪口を連ねてにらみ合う。だが、いつもはここで終いとなるはずだが、両者とも引くことが出来ない。
「……もう一人の馬鹿はどうした」
仲裁するものがいない。いつもなら、清正が仕方ないといった顔をして二人の間に入っていた。その不在を安堵すると共に、やはり気になってしまう。
「誰が馬鹿だって」
「煩い、馬鹿。……清正は一緒では無いのか?」
会いたいわけではなかった。それでも、いなければ気になってしまう。そんな三成の様子を何となく察したのか、正則は突っかかるわけでもなく、どこか寂しそうに呟いた。
「あぁ……清正はよぉ、今忙しいんだとよ」
「忙しい?」
確かに、今は農繁期である。清正とて暇ではないだろうが、正則の落胆ぶりが酷く三成の気に障った。
「どういうことだ?」
「今、清正は準備に追われてるんだと。叔父貴の勧めだし、あいつも断れないんだよ。今日も挨拶めぐりらしくて、俺すら顔を見てねぇし」
「? 意味がわからぬ。要領良く答えろ」
準備、勧め、挨拶……意味を成しえぬ言葉だけが連なっていく。だが、正則の言葉を聞けば聞くほど、心は何か嫌な核心を求めてしまう。
そう、これはまるで……。
「俺の祝言の準備だよ、馬鹿」
「っ!」
「清正!」
凛と通る声が、二人の間を駆けていく。三成の横に並んでいた正則は彼の声に喜色を浮かべて声の元へと振り向いたが、三成はとても同じ真似など出来なかった。
ただ、彼女の頭の中には今し方、告げられた言葉が頭を巡っている。
「清正! 今日はもういいのか」
「いいわけあるか、馬鹿。これら俺の着物を新調するんだと」
婚礼用のな、と、そう呟かれる言葉に、再度三成の肩が跳ねる。それを見て取ったのか、清正が態とらしく声をかけてきた。
「羨ましいだろう、三成」
そう伝える声は、侮蔑にも嘲笑にも似て、彼女の耳に強く響く。
「っ、貴様!」
思わずといった風に振り向いた、その先で清正は怖いくらい真剣な瞳で三成を射抜いた。
「俺が守ってやる。だから……」
指切拳万。幼い手で―まだあの頃は自分のほうが大きい手をしていた―固く指を絡ませ、切った。
遠く幼い思い。未来など、ひとつも意識していない言葉。
それでも、其れは約束だった。
「だから、俺と……」
三成にとって、掛け替えのない、約束であった。
清正と喧嘩別れをして数日のことであった。依然、農繁期にあたる時分であったから、三成は変らず政務にかかりきりであった。唯、あれからというもの、彼と顔を合わせるのが癪で、三成は清正を避けていた。
幸か不幸か、この数日姿を見かけない。
「馬鹿なことを言うな、馬鹿」
そう、一言置いた清正の目は、今までに見たことのないほど鋭かった。
「お前はあくまで女。女の出来ることなんて限られているだろう」
「っ! 黙れ!」
その一言で、頭に血が上った。苛立たしげに清正の腕を振り払おうとするが、かえって強く腕を押さえられる結果となる。音を立てて、体ごと壁に叩きつけられた。
「っ、貴様!」
「お前は弱い、三成」
清正は言い聞かせるように淡々と言う。それが三成の怒りを煽っているとは知らない。
「黙れ!」
「弱いだろうが。違うというなら、俺から逃げてみろよ」
挑発するように、侮蔑するように清正は言う。事実、彼の太い腕1本で三成の体はあっけなく押さえつけられている。三成がどんなに力を入れたところで、逃れられるはずも無かった。それを、清正はあえて見せ付けてくる。
「お前に出来ることは、少ない」
「煩い!」
「だから、守ってやる。俺が。この家も、お前も」
そう言った清正の顔は、まるで愛を囁くように優しく、得物で人を殺すように残酷であった。
「っ! 黙れと言っている!」
清正の言葉に、平常から抱えていた三成の鬱屈した思いが溢れる。
「傲慢なことだ!」
力いっぱい清正の足を踏みつける。其れを避けられなかった清正は痛烈な一撃に力が弱まる。その隙に、三成は腕の自由を取り戻し、思い切り彼の横顔を引っ叩いた。ぱん、と乾いた音が響く。
「忌々しい! 守ってやるなど……何様のつもりだ」
「な、お前!」
「俺は!」
清正の言葉に重ねて、三成は叫んだ。
「俺は、お前のその傲慢な態度も、俺を見下した物言いも、何もかも全て気に食わないのだよ!」
それは、偽らざる「石田三成」の本心であった。
「貴様はいつもそうだ。俺が女だと思って無意識に見下す。……俺は貴様に守ってもらうと言われるほど、弱くない!」
そう、言うだけ言って、三成は清正を押しのける。これ以上は、顔も見ていたくなかった。大きな音を立てて戸を開けると、彼の顔など見ずに退室する。
その、瞬間。
「そこまで言うなら、もう止めない」
三成に負けず劣らず忌々しげに呟く清正の声が届いた。
→お題配布元:ロメア様(http://romea.web.fc2.com/)
こちらは南蛮の兵と、幸村と、子龍。対する遠呂智軍は元々、兵の数が多い魏と妖どもである。唯、こちらには大義があった。この世を混乱に落とした遠呂智から劉備を救うという使命。
戦は数の勝負ではない。勿論、戦力として兵の数は重要とは言えども、問題は其処に宿る魂の在り処、信念だと、かつての世界での戦で幸村は学んでいた。
大義に燃える蜀軍の勢いは強く、実際互角の調子を維持している。
「ち……このままでは埒が明かない」
寄る敵を片っ端から片付けながら、幸村は雑兵の先を見据える。やはり、ここは敵方の将を撃ち、相手の指揮系統を崩さなければいけない。そう考えるや否や、幸村は勢い良く馬の腹を蹴ると、敵本陣へ強襲を開始した。
ちらり、と視界の端に将校級らしい、派手な衣装の者が見える。その白い背中を目掛けて、幸村は己の得物を振るった。
「覚悟!」
「っ!」
勢いのある一撃であった。しかし、相手も辛うじて幸村の槍を弾いた。キン……っ、と金属同士がぶつかる音が響き渡る。そのまま、二撃目を狙おうとして……幸村は目の前の光景に愕然とした。
「み……つなり、殿」
幸村が今まさに息の根を止めようとした相手は、ずっと幸村が思い続けていた相手、石田三成その人であった。
「いや……まさか、そんな」
幸村は自分の目が信じられなかった。そう、三成が存在するはずがないのだ。彼女は幸村に笑みを浮かべ、泉下に向かったのだから。永遠に三成を失った絶望を抱えたまま年を経て、大坂の地に立った。彼女の為に死地に立った、それなのに。異世界の先で、彼女は息をしている。
「…………」
一方で、対峙する三成は、訝しげに幸村を睨みつけるだけであった。平静を取り戻せないまま、しかし幸村は再び三成に出会えた奇跡に胸がいっぱいで、状況も忘れたままに彼女を抱きしめようとした。
「三成殿! まさか、貴女に再び会い見える日が来ようとは!」
「……下がれ」
だが、三成は武器を構えなおすと、鉄扇の切っ先を幸村の眼前に突きつけた。
「三成殿?」
「其れだ。何故、俺の名を知っている」
「は……?」
三成は苛立った様に、眉根を寄せていた。その表情には幸村も覚えがある。其れは、三成が心底理解できない局面に立ち会った時にする、戸惑いの表情であった。
二の句が継げない幸村へ追い討ちをかけるように、三成はその端正な唇を歪めた。
「貴様は、誰だ?」
赤い唇が、幸村をまるで知らぬ者の様に語る。幸村と確かに共有した言葉も、思いも一切知らぬように、三成は唯、敵として認識した幸村に武器を突きつけるのみだ。
「…………」
幸村が、何かを口にしようとしたところで、聞きなれないドラの音が響く。其れに反応したのは三成の方で、彼女は顔を顰めて小さく舌打ちをした。
「おい、今日のところが見逃してやる。次に会った時、命は無いものと思え」
彼女は口惜しそうに幸村を睨み付けた後、背を向け走り出していった。どうやら、敵方の兵が撤退を決め込んだらしい。
「…………」
彼女の背中が小さくなっていく。それを、幸村はただ見送ることしか出来なかった。……否、心の内から溢れ出る喜悦を耐えるに精一杯であった。
「三成殿が、覚えていない……?」
幸村は決して悲嘆にくれるでも、怒りを覚えたわけでもなく……唯々、彼女が幸村を覚えていないという事実に、叫びだしたいほどの喜びを感じていた。何も……何も、覚えていない三成。幸村と交わした言葉も思いも、何も知らない三成が、次元を超えて幸村の前に再び現れた。
「嗚呼、何と言う僥倖か!」
此処が戦場であることも忘れ、幸村は彼女を失ってから久しく忘れていた笑い声を存分に上げたのだった。
→お題配布元:ロメア様(http://romea.web.fc2.com/)
そうして、とりあえず幸村は子龍と共に行動をすることとなったのである。
彼の目的は単純明快で、彼の心酔する主を探すことだという。なれば自分も、と助けられた恩義と彼の熱い思いに心打たれて、彼の主を探す手伝いを続けている。
しかし、彼の主は妖に捕らわれたままだ。此度も少ない手がかりを元に陣を張ったが、果たしてどれだけの収穫が得られるのか。
知らず、ため息が零れていたらしい。隣で子龍が苦笑した。
「今回は魏の将たちが多く集まっています。かの国は遠呂智軍についたと聞いています故、殿の行方を知っている可能性が高いかと」
「そうですか……」
朗らかに語る子龍を横目に、羨望にも、侮蔑にも似た気持ちが幸村の胸に走る。彼は心底「殿」を敬愛しているようだ。その感覚は幸村には理解できないものであった。
この異世界に飛ばされる以前の、戦国の世であっても幸村は自分が「主」とみなす人物に終ぞ会うことはなかった。幸村にとって、自分の主はあくまで「自分」であった。己がどのように生きようとするかに心血を注いでいたから、他者の為に身命を賭す子龍が―そのような者がいるとわかっていても―異形の者に感じた。
そこまで考えて、ふと頭の中に笑みをたたえた麗人の姿が思い浮かんだ。
別れの日、柔らかな手付きで幸村の髪を撫でていった人。「また会える」と繰り返し、嘘にしかならない言葉を繰り返した最愛の人。今でも鮮やかに思い出せる。彼女が残した言葉、顔、唇の形まで。
あの「時」の感情までが蘇ってしまいそうで、幸村は軽く頭を振る。
とりあえず、今は目下の敵に集中しなくてはならない。
遠く、ドラの音が響いた。
「動いた」
子龍が己の得物を握り締める。馬の腹を蹴り、勢い良く進軍した彼に負けず、幸村も手綱を強く引いた。
→お題配布元:ロメア様(http://romea.web.fc2.com/)